トタン屋根に暮らす 〜海藻の森が育む命〜
Canon EOS R5(INON) 8-15mm Fisheye Z-330 f9 1/100秒 ISO640 鹿児島県・鹿児島市長水路 2m

入賞者からのコメント

鹿児島の都市部の人工水路には1年を通して潜り、観察しています。道路を1本挟んだ先にはマンションやリゾートホテルが立ち並び、反対側には雄大な桜島、という環境です。春は海藻の季節。水底だけでなく、水面まで海藻が覆う、独特の景観を撮りたくて潜りました。一見美しい世界が広がっていますが、風で飛ばされたり、潮で流されたりしたゴミが滞留する場所でもあります。

薄暗い森の中のような水中を探検していると、周りに誰もいないはずなのに、強い視線を感じました。「なんだろう…?」と目を凝らして辺りを見回すと、ゴンズイ達と目が合いました。彼らはマメタワラなどの海藻やセダカイソギンチャクにぎっしり覆われたトタンを屋根にして、暮らしていたのです。人間の廃棄物を活用し、逞しく生きる海の生きもの達に心を動かされたと同時に、とても複雑な気持ちになりました。

撮影では、「ゴンズイ達の自然な姿を撮る」ということを大切にしました。彼らは臆病で、危険を察知するとすぐに奥に入り込んだり、家出したりします。少し進んでは止まり、後戻りをし…を繰り返し、近くに寄っても私のことを気にせずに過ごしてくれるようになったところで、撮り始めました。

また、水底は火山灰や砂が降り積もっているので、少しフィン先が触れただけでも堆積物が舞い上がってしまう環境。できる限り水中環境を壊さずに撮ることを心がけました。

齋藤利奈
Profile

齋藤利奈 Rina Saito

水中写真歴は約5年半。イルカが好きで海に興味を持つ。最初はログ付けのためにコンデジで写真を撮っていたが、プロの水中写真に感動したことがきっかけで、勉強するように。最近は、撮影用のアイテムを自作することにハマっている。コロナ禍をきっかけに、日本の海の魅力を知り、潜る本数が増えたそうだ。大阪府在住。

審査員からのコメント

ゴンズイが棲みついたのはトタンの下。その上には美しいイソギンチャクが咲き乱れている。後方にはうっそうと茂る海藻の森。ともすればまとまりもつかないような環境を、素敵な感性で切り撮っています。とくに照明も当たらない後方の藻場の取り入れ方がうまく感動的です。水の濁りを逆手にとり、作品が柔らかく幻想的な雰囲気に包まれました。しかし、トタンは自然界の海には不釣り合いなもの。見ていて違和感を感じる人もいるでしょう。そこで気づかされます。作者が訴えたいのはこのことかと。美しい海藻の森を広く取り入れ、下方との違和感を強調したと思われます。その視点は見事で、環境保護に対するメッセージ性も強く表出しており、奥深い作品であると感じました。(中村征夫)

シオミドロで覆われた季節感のある幻想的な光景だが、ミスマッチとも思える廃材と、そこに隠れるゴンズイをストーリー性のある絶妙な構図で切り撮っています。ギリギリまでゴンズイに寄ることで、緑に染まる背景との奥行き感を強調させている点もフィッシュアイレンズの特性を見事に活かしています。さらに細部までよく見ると、美しい水面を見上げたゴンズイたちの楽しんでいる会話まで聞こえてきそうでドラマチック。一見すると、このシオミドロの環境はSNS などの流行りに乗った写真だと思われてしまいがちだが、何度もこの場所に通い詰めたからこそ撮影することができる趣のある、他に類をみない作品に仕上がっている点も高評価に値しました。(中村卓哉)